【音楽で食べていく011】脱退後、人を育てる奥深さに気づいたニルギリス伊藤孝氣氏。デジタル発展の恩恵とメンバーの成長を実感した再結成。
2021年に再結成を果たしたニルギリス。創設当時のメンバー3人によって復活し、新旧のファンの注目度も上昇中。スマッシュヒットとなった「sakura」の2022ver.や、3月に配信されたばかりの「Emoな革命」で、この先の活動が期待されるニルギリスの創設メンバーでもある伊藤孝氣さんに聞く「音楽で食べていく」の後編。
前編はこちら
ヒット後、忙しさと違う景色が見え始めて脱退
──── 「sakura」のヒットの翌年に伊藤さんは脱退されていますが、どのような経緯があったのですか?
自分含め、全員が真剣だっただけに色んなところで火花が散る状況でした。さらに色んなお仕事をして目まぐるしくていっぱいいっぱいでした。
そして製作に関わってくれるスタッフの人たちを見ていて「そちらも面白そうだな」と感じました。デザインしてくれる人やカメラマンさん、レコード会社の人たち。みなさん優れた人が多いわけです。
そうした人たちを見ることによって「バンドだけじゃない」興味が湧いてきたんですよね。
あるときリミックスアルバムを出して、それまでは生楽器と打ち込みを同期するスタイルでしたが、ターンテーブルメインになりました。バンドとしての演奏技術は上がっていた時期でもあったのでちょっと勿体無いな、と思って。
「ちょっと残念だな」と。自分はそういうターンテーブルメインスタイルも大好きでしたけどね。
──── 他の業種への興味、当時のバンドスタイルのズレ、みたいなものがあったんですね。
そうですね。先に佐竹くんが辞めていたのもありました。ずっと一緒にやっていましたしね。
“育てる” 面白さに出会いプロデュースの道も経験
辞める直前に、某レコード会社の社長さんと出会うことがあって「インターネットでアーティストを探してデビューさせる」プロジェクトに誘われて。
ウェブサイトを運営する人たちはすべて海外の人なんだけど音楽制作をする人がいないので入ってみない? と誘われたんですよね。英語できないんですけど(笑)。
常駐して、インターンの方に英語を手伝ってもらう感じで働いていました。当時はインターネットで投票するシステムも無くて、今でいうと動画に「いいね!」と押して投票するみたいなことをやっていました。そこで優勝したバンドのプロデュースもしていましたね。
お陰で自分がプロデュースしたバンド「good crew」はCDショップ大賞にノミネートしたりして結果が出て良かったです。
──── どのくらいの期間をやられていたんですか?
トータルで2年くらいですね。いわゆる新規事業立ち上げ的な感じで、とても濃い時間を過ごせたと思います。
「プロモーションツアーをどうしよう?」となって、あえてレコード店をまわるのではなく、ドン・キホーテを回ろうってプランができました(笑)。音楽と遠い場所でファンを作っていくのはどうだろうと社長が言って、やってみよう! と進んだんですよね。
色んなドン・キホーテを回りましたが、お店の人も面白がってくれることが多かったです。でも店長さんは音楽のこと全然知らないみたいな。毎日ドン・キホーテで学校祭をやる、みたいな毎日でしたよ。そこの現場監督って感じですね。
当然、最初はファンがいないのでライブ当日にお店でチラシを配布していました。人が集まるかはわからないけど、チームで一緒にどうやったら集まってくれるかを考えて、汗をかいた感覚がありましたね。とても濃かったです。
──── なにかの実演販売があるようなスペースでイベントをされていた感じですか?
そうですそうです。まさに「この包丁良く切れますよ!」みたいな場所でやっていましたから。
そこを通りがかる人に音楽聴いていきませんか? と声をかけてストリートミュージシャン的なことをみんなでやっていました。先にある程度制作費が出てCDやグッズを作って売っていました。
──── 今の時代にやったとしても、なかなか尖った企画ですね(笑)。当時ドン・キホーテさんはそんなに店舗が多かった時代でしたっけ?
すでにけっこうありましたね。あちこち地方にいきましたよ。
ドン・キホーテツアーのラスト、観覧車のある店舗(ドン・キホーテ道頓堀店)でやって、けっこう盛り上がったんですよね。いまはTwitterなどのSNSでプロモーションをするっていうのがありますけど、当時からそういうのとは違うところでやるっていうマインドがあったんでしょうね。
──── ゼロから需要を作り出す原点的な感じですね。そうして裏方的な楽しさも実感できたと。
そうですね、直接的にCDを手売り、的なことはニルギリス時代に体験していたプロモーションよりも面白かったです。そのレコード会社の部署がブッ飛んでいたというのが大きいですけどね(笑)。「老舗なのにこんなことやるんだ!」という驚きもありました。
演歌部門があってレコード店を足をつかって細かく巡る、みたいな姿勢がありました。逆に新しいレコード会社には無かった部分かもしれませんね。そういう現場の声を大きくしていこうという空気でした。
──── 新しいことを任されるポジションというか、お声がかかるのって自己分析するとどんなところでしょう?
うーん、当時クリエイティブ・コモンズについてどうする? とか新しい売り方について話しあう場にもよく顔を出していたので、公言していなくとも、そういう人間だという印象はあったのかもしれませんね。そういう環境にいきやすい、というか。
音楽から離れた場所で見たニルギリスの “全員脱退” と、新しい時代の到来を確信
──── 2年の活動期間のあとはどうされていたのですか?
面白いことがありすぎてちょっと疲れてしまって(笑)。そのあとにデザイン会社とか広告代理店をお手伝いすることになりました。そこで企画書をたくさん書いていました。
その頃になると、Perfumeなどのプロデュースをしていた中田ヤスタカさんとかが現れていて、一人で完結するスタイルを見て理に叶っているなと思いました。
これからは「個の時代」になっていくなと思いました。
一人ひとりがそうやってやっていく時代なんだと。音楽から離れていたけど勉強はしていましたよね。昔、自分たちで作ったバンドのテープを売っていたことをアップグレードしていく感覚なのかも。
──── 2010年代は機材も急激に発展したと思います。
いわゆるレイテンシーが劇的に減った機材が登場して、PCのCPUのパワーも急激に上がってきた時代でしたよね。
──── その間、ニルギリスのメンバー同士とは連絡をとっていたりしたんですか?
連絡はとっていなかったですね。もう大阪にいたので。ラストツアーも行けなくて。
──── 当時はわりとドライな感覚でしたか?
やはりどこか、いなくとも自分の血が入っていますしね。自分がいないことによって、残っているメンバーも良い苦労するだろうな、みたいな気持ちですかね。
曲は聴いていましたよ。やりたいことも良く分かる。離れてわかることも多いです。こんなに変わるんだ、と感じることもありますし。
アッチュから再結成打診のメッセージ
──── 2014年にバンドが解散して、2021年に再結成となりました。
2019年に、フェイスブックでアッチュからメッセージがきて「ニルギリス、いっしょにやりませんか?」と。二人でやりませんかということだったので返事に悩みました。突然でしたし。まあでも悩んだ挙げ句、「やろう! やろう!」と返して。
彼女も旦那さんに「会って来たら?」と言われたみたいで。で、大阪で会うことになって、佐竹くんも偶然大阪にいて創設メンバーで会うことになりました。そこでやりましょうと。
それ以来リアルには会っていなくて。自分は大阪、アッチュは東京で。日々LINEなどのコミュニケーションはすごくあります。
──── 以前と違うことは?
全員、音楽を作ることはカンタンではない、そうは売れないということをわかっていることですね。だけど、やる。
もともとニルギリスはメジャーデビュー前にも色々変わっていってるバンドだったし忙しかったんですよ。そのワチャワチャ感が楽しかった。
昔は火花を散らしながらやっていたけど、今度はそうじゃなくやっていけるのであれば、面白いことができるかも、と。
──── 変わっていないこともありますか?
アッチュはずっと熱い人ですね。行動力があるしそういう姿を見てきて何年ぶりかに話しても変わっていなかった。
この3人、そうそう売れないだろうって気持ちはあるけど、なんか自信はあるんですよね。世の中に茶々を入れるというか傷跡を残す的なことができると。
──── ほかのインタビュー記事で「薬にも毒にもなるような音楽をつくっていきたい」というのを読んでとても響きました。
スーパーカーとかくるりとか、外から見るとクールなバンドに憧れるけど、どちらかというと体育会系ですね(笑)。メンバーそれぞれ課題に取り組む形は気に入ってます。
以前とは全く違う活動スタイル 〜デジタルが発達してもギターやピアノは残る
──── 再結成後、メンバー同士が離れていますがどう感じていますか?
昔はできなかったことができるようになった事も多いですし、なによりアッチュも「月蝕會議」という音楽集団で成長してたり、佐竹くんの変わらない個性、そういうものが全部新しいニルギリスに入ってくる。膨大な量のLINEやファイル便が日々飛び交ってます(笑)。
再結成後はどこかロールプレイングゲームをしている感覚があります。音楽と生活もありますしね。毎日の生活の中で同じことを繰り返すことで見えてくることもたくさんあります。
──── 活動的には新しい楽曲のリリースをしていく感じですよね?
そうですね。サブスクにも興味があるし、本当に好きでいてくれるファンにのみ聴いてもらえるような仕組みにも興味があります。
“小さい村” を作る方が面白いのかなと。自分も好きなアーティストにはお金払いますし。そういう関係の方が良いかなと。
そういうのを模索していくって感じですかね。ライブするにしてもメンバー間離れているのもありますが、新しく作っている曲もライブ映えしそうなのが多いんですよね。
3月22日に配信された「Emoな革命」という曲も、ここ最近のクールな音楽というのではなく、文字通りエモく“しでかしてやろう”みたいな意識で作った曲なんです。再結成前はギターソロもあえて弾かなかったことが多いかったのですが、今回は「sakura(cherryblossom)2022ver」でちゃんと弾こうと。弾いても良い時期になったと思っています。16年分の気持ちを込めるというかエモさを出してりして。
色々ミックスやら演奏してて思うのはコンピューターが発展しても、ギターやピアノは消えないと思います。デジタルが進んでも。
──── 最近、SONYの公式YouTubeチャンネルで当時の「sakura」のMVがアップされてましたね。ファンの方の温かいコメントもたくさん見受けられました。
色んな方のMVがアップされはじめましたよね。
自分たちのプレスリリース前だったのもあって良い展開になったなと。公式でアップされたのは嬉しかったですね。6月には再結成1周年なので何かしらやりたい気持ちはあります。
──── 新しいニルギリスの活躍を期待しています。ありがとうございました!!
ニルギリス公式サイト https://nirgilis.net/
ニルギリス公式Twitter https://twitter.com/NIRGILIS_com
伊藤孝氣氏 公式インスタグラム https://www.instagram.com/metagalaxies1/
(執筆&編集 赤坂太一)