【音楽で食べていく013】音楽は好きだけどビジネスは苦手……そこで問われる「考え続ける力」KarDiaN北田駿一氏
2010年代後半以降、日本で最も成功したエフェクターブランドの一つに成長した「KarDiaN」。主宰者であり、メインビルダーである北田駿一(きただとしかず)氏の決断力や行動力がKarDiaNの礎を作ってきたことを、前編で紹介した。
後編は、ブランドとして目指すもの、そして音楽で食べていくために必要な考え方などを伺ってみた。
前編はこちら
KarDiaNの“錆”の秘密
──── KarDiaN製品は、筐体の錆びたような独特の仕上げが特徴となっていますが、あれは錆ではないんですか?
錆ではないですよ。本当に錆びていたら、触るたびに手に付いたり汚れたりしてしまいますよね? あれは錆びた風合いを出すための塗装です。
──── なるほど。お話を伺うと「それはそうだよな」と思いますが、あまりにもリアルだしインパクトがある筐体なので、てっきり……。
ありがとうございます(笑)。もともとはKarDiaN製品に共通する、サウンド面でのイナタさを表現したかったのと、使い込んだエフェクターの魅力を感じてほしいという思いで、こうした塗装を採用しています。
具体的には、茶色や黄色など錆びたような色をブラッシングで重ね塗ることで、この質感を出しているんです。ただ、機能性を損なうことはしたくないので、ノブやスイッチなど可動部分にはこうした処理は施していません。
エフェクターを手にして3秒で音が出せる工房
──── そもそもの話ですが、なぜ滋賀を拠点にしているのですか?
元々、実家が滋賀ということはあるんですが、滋賀には魅力的で、尊敬できる方々がいたということもあります。
ギター工房の「Altero Custom Guitars」、ベース工房の「Wood Custom Guitars」なんですけど、エフェクターの工房が滋賀にはなかったので、僕がエフェクター工房を構えれば、そういった方々と切磋琢磨といったらおこがましいですけど、良い関係ができるかなと考えたのも理由の一つです。
実際、Alteroさんのペダルには、設計とデザインで関わらせていただいていますし、良い関係を築けているかなと思います。
あとは、僕は水辺を歩くとインスピレーションが湧くんですね。工房から川沿いにすぐに散歩に行けるということも、今の場所に決めた理由の一つです。
──── その新しい工房ですが、すばらしい環境ですよね。
ありがとうございます。僕は、エフェクターを箱にしまい込むのが好きじゃないんです。
試したい時に、すぐに音を出したいんです。ここは「エフェクターを手に取って3秒で音を出したい」と考えて設計しました。
あとは、KarDiaNも当初は僕が一人で全てやっていましたが、今は二人のスタッフが常駐しているので、皆が働きやすいということも大事です。
それから資材の量が膨大で、最近ではLimetone Audioの組み立ての一部も請け負っているので、それもこなせるように広めの作業スペースを確保しています。
新しい価値を提供する“キャラクターモジュール”
──── 工房には良いペダルがむちゃくちゃありますけど、この中で北田さん個人として好きなブランドがあれば教えてください。
「Limetone Audio」はやっぱり大好きですね。シグネイチャー・トーンを持っているということはもちろんなんですが、単にサウンドが良いというだけでなく、プロダクトを通して楽器業界、音楽業界にどういう提案をしていきたいのかという意思が見えるので、本当に尊敬しています。
あとは「Friedman」です。こちらも音が良いのはもちろんなのですが、ことエフェクターにおいてはFriedmanらしさやオリジナリティがあります。大抵のエフェクターはそれまでの何かから影響を受けるものですが、Friedmanは0から1を作っている。そこが好きですね。
──── 今、Limetoneさんの提案という話がありましたが、北田さん自身はKarDiaNでどんな提案をしたいと思っているんですか?
僕はエフェクター大好きなんですけど、エフェクターの形をしていなくてもいいんじゃないかとも思うんです。それを形にしたのが“キャラクターモジュール”シリーズなのですが、ギターに搭載して手元で操作でき、ゲームのカセットを入れ替えるようにオーバードライブ、ブースター、プリアンプなどをソケットで簡単に付け替えることができます。
ギター1本とアンプだけで勝負しなければならない場合や、デジタルアンプに直接ギターを繋ぐ場合、さらにエフェクターをわざわざ繋ぎたくない、でも音にひと工夫欲しいという場面で、ギターだけでプラスαの音作りが可能になります。
さらに、複数のキャラクターモジュールを使いたい場面、エフェクターの形に戻すのもアリだと考えています。従来のエフェクターの形状にとらわれない、新しい提案をしていきたいですね。
考え続ける力が叶える「音楽で食べていく」
──── KarDiaNの今後について、教えてください。
まずは、チューヤオンラインさんの20周年記念コラボペダルをしっかりと製作し、欲しいと思ってくれる人たちに良いものを届けたいですね。
僕は、KarDiaNを立ち上げる前からチューヤさんで買い物をしてきて、それが今こうしたカタチで20周年に関わる事ができるようになったことを、本当に嬉しく思っています。
それからKarDiaNとしては、いろいろ新しい提案していく一方で、やはり軸はエフェクターに置きたいという想いがあります。未だにエフェクターが大好きなんですよ(笑)。ですので引き続きKarDiaNの新作にも期待してください。(以下、独り言)僕、フェイザー大好きなので、フェイザーも作りたいなぁ……。
──── (笑)。ちょっと抽象的な質問ですが大事なことなので……、KarDiaNにとっての成功って、なんですか?
そうですね……、この秋で設立して5年になるんですけど、おかげさまでこれまで売り上げが立たないということもなく、たくさんの方にKarDiaNを使っていただいています。
ただKarDiaNを知らない人、使った事がない人って、まだまだたくさんいると思うんですよ。KarDiaNを使うことで、好みの音が手に入るとか、以前より音が良くなるとか、なんでもいいんですけど、使った人が幸せになることが目標ですし、そうなっていただく自信もあります。
だから、一人でも多くの人にKarDiaNを触っていただき幸せになってもらう──これが僕の考える成功ですね。
──── なるほど。最後に音楽で食べていくために必要なことってなんでしょう?
僕の場合は、好きなことに関して努力を厭わない性格や、好きなことならいくらでも続けていられる集中力が、向いていたのかなと思います。
音楽が好きという人は多いですけど、ビジネスとして考えるのは苦手という人が多いですよね。けれど、できないことをやらないのではなく、できないならどうするのかを考えることが大切だと思います。
ビジネスが苦手なら、そこは人に任せる、もしくは苦手なことを売りにして職人的な方向に進むとか、いろいろな方法があると思いますよ。
それでうまくいかなくても、うまくいくにはどうしたらいいかを考えるんです。本当の失敗なんてそう簡単には起こらないですよ。
今、KarDiaNにはスタッフもいますから、僕はビジネスのことを常に考えています。でもKarDiaNが失敗するとしたら、製品が売れなくなることではないんですよ。もし、万が一失敗があるとしたら、それは僕自身がエフェクターを好きでなくなってしまうことだと思っています。
──── なるほど、北田さんの想いがよく伝わってきました。今回はありがとうございました!